大の視点/SHIFTに入社する社員へ

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SHIFTのみなさん

入社おめでとう!!

4月2日という大きな区切りの日として、
僕が、前職に就職したときのことを思い出しました。

僕が前職で入社したのが、2000年の4月。

新宿のオペラシティというビルにある、インクスという会社に入社しました。
その会社に関西の大学から入社したのは、僕が初めて。

同期は32人。
東京の内定者はとても仲良く、
旅行に行ったり飲み会に行ったりして交流を深めていたのを、
京都から、掲示板越しに眺めていました。

とても寂しかったです。

でも当時は、「起業するためにベンチャーに入ったのだから、
友達なんてつくらずに仕事だけしよう」と心に決めていた、
とても変わった新入社員でした。

僕は、社会人というものが何をすべきなのか、どうやったら起業できるのかが全く分からなかったので、
まずはとにかくガムシャラに働こうとだけ思っていました。

そこで、以下のことを心に決めて、
入社しました。

・必ず丹下に仕事を任せようと思ってもらえるようにしよう
 ➝どんなに無茶ぶりされても、イエス!と言う
・みんなの逆張りをして、付加価値のある人間だと思われるようにしよう
 ➝お茶汲み、コピー、Excelの作業など、みんながやらないことにこそが価値がある
・1年で全ての仕事を覚え、2年で社員のトップになろう
 ➝人が5年かかることを、2年でやろう

そして、独立するために、以下の3つのことを学ぼうと思っていました。

(1)まず、1人でお金を稼げるようになること
(2)チームマネジメントできるようになること
(3)お金の計算ができるようになること

そして、「30歳で年収1,000万円を貰う」という目標を決めていました。
市場価値がある人間になりたかったから。

そして、どうにか認めてもらいたいという一心で、当時の社長が書いていた徒然ブログというものに、記事を投稿しました。

ユニクロが爆発的にウケている理由を、
わからないながらも財務分析とニュースの記事を見て、
在庫回転率が半端ないことなどの理論展開しながらです。

たかが、新卒の社員が書いた投稿なんて社長は見てくれないと思っていたのですが、
投稿後、すぐに社長が僕の席に来て、
「丹下君、なんでユニクロは売れるの?
僕はあんな安い服を買いたいなんて思わないんだけど。」
と言われました。

僕は
「社長はマイノリティかもしれませんが、マジョリティは違います。」
と瞬間的に答えました。

そうしたらその言葉に社長がすごく反応してくれて、入社してまだ半年しか経っていない新入社員が、社長直属の部下になりました。
そして、マーケティング部隊の社内コンサルタントとして、
一番売れる営業マンを社内で再現するための、分析をさせられました。

そのころには、僕には新入社員ながら
スケジュール管理や雑務をしてくれるアシスタントがいました。
(社長がアサインしてくれました)

他の同期がまだ持っていなかった、ノートパソコンと携帯電話も買ってもらいました。
当時は、本当に嬉しかったです。

社長には「1,000人に1人の存在だ」「丹下君は俺が育てる」
と言われたのも、とても嬉しかったことを覚えています。

一方で、僕は興醒めしてしまいました。

そう。大した才能も実力も無いのに誉められることが嫌で、
それから徐々に呆けたふりをして、
社長から嫌われるように振る舞い始めてしまいました。

入社2年目には、当時まだ出世街道とは到底言えなかったコンサルティング部隊に左遷。
それを見た当時の常務が、見かねて僕を拾ってくれました。

異動してからは「現場を経験できる!」という喜びから、
毎日朝の4時まで働き、土曜日も経営会議に出席して議事録をとっていました。
同期の中でも給料も伸びず、普通の社員になっていきました。

ただ、目標があった。
起業するために、泥臭いことは全て学ぶと。

そのために、自分をマネジメントしながら、
日々徹夜している姿の方が性に合っていると思っていました。

でも、毎日お茶汲み、プリンターの出力、
上司のスケジュール調整……これだけです。

周りからは、「インクスイチ(1)のクロウ(苦労)人」と、ジョークで言われ、
少し馬鹿にされていました。

自分が一生懸命努力しても、夢まで届かないんじゃないかと、
日々、本当に辛かったです。

当時の仕事は、コンサルティングという仕事でしたが、実のところ単にExcelで議事録をとって、
ガントチャートという金型が作られる工程を、Excelに色を付けて塗っていただけでした。

毎日が。

同期は、500万円のCATIAという世界最高峰の3DCADを使って自動車部品を設計し、
お客様から誉められ、会社でも重宝され、
新宿の超高級ホテルで年末に開催された忘年会で、表彰されていました。

でも、プロセスの一部を効率化するCADという技術よりも、
全体を管理するプロセスの方が絶対に価値があると、自分を信じ続けました。

入社して、2年半が経ったころ。

ある日、僕が嫌いだった上司から
「丹下君の書いているその工程表(ガントチャート)、インプットとプロセスと、
アウトプットの繋がりだからどこかに規則性があるはずだよ。ちょっと考えてみて。」
と、言われました。

そこで、忘れもしない土曜日。
そのプロセスのインプットとアウトプットを洗い出して、マトリクスにしてみました。

「このインとアウトがここで繋がるよなー。」
「そうすると、インとアウトがあるんだから、
すぐに仕事(プロセス)って始められるよなー。」
「だとしたら、最短でモノをつくろうとしたら、
前倒しで、ここまで早く仕事を開始できるよな。」
って、Excelで組み立て始めました。

そうしているうちに、
「そのインプットとアウトプットのマトリクスと工数さえあれば、
工程表(ガントチャート)を自動的に書けるじゃん」
って、ハッと気づいたんです。

気づいてからは、早かった。

前職の会社では、当時まだExcelのマクロを誰も使っていなかった。
1人で本を買って、マクロを書き始めました。

初めてに近いプログラミングだから、
もう、見様見真似で。
コードはぐちゃぐちゃ。

でも、とにかく書いた。

そして、1週間で書き終えました。

これ、ヤバい。

世界が変わるかもって思いました。

本当にそうなるかどうかは、わからない。
でも、とにかくこれをコンサルティングの手法として、
お客様に提案してみようって思いました。

それが、2002年。
ITバブルがはじけて、製造業にも大きく打撃を与えていました。

前の会社も、打撃を受け、非常にマズい状態でした。

当時の常務から、
「丹下君、このプレゼンでコケたら会社がヤバいんだ。なんとかしてくれ」
って言われたくらいです。

おいおい。入社2年程度の新人に期待するなよって心の底で思った反面、頼られて嬉しかった。よっしゃ、やったろうと。

それから、徹夜で。
お客様に見せられるマクロを作ろうと、
翌日のプレゼンに間に合わせるように作業をしたことを、今でも覚えています。

「このI/Oマトリクスで、こうやってプロセスを登録すると、自動的にバンパーの金型製作納期が短縮されます。
この手法でコンサルティングをさせてください!」

お客様の現場のエンジニアからは、
「こんなの信ぴょう性が無いのでは?」
「まあ、インクスさん、よく頑張ったけど、今回はコンサル無いかな。」
って、言われて凹みました。

でも、お客様側の責任者が
「インクスさんは、こんなに一生懸命提案してくれてるじゃないか!
これ、信じてやってみようよ!」
とも言ってくれました。

結果として、なんと6,000万円のコンサルティング案件を受注することができ、
何とか会社の危機を乗り越えることができました。

あのとき、徹夜して良かった~。
今まで、どんな仕事でもやってきて、良かった~。
って、本当に思いました。

それから、次は別のお客様の本部長さんへのプレゼン。

「丹下さんが言っているのって、このことかな?」
と、数日してから、とある雑誌を持って来てくれました。

そこには、ハーバードビジネスレビューの記事が載っていました。
マサチューセッツ工科大学の学生が、
僕と同じ理論で、工程を組み立てるメソッドを考えていたんです。

世界には同じことを考える人が、本当にいるんだなって思いました。

それから、そのツールが前職のコンサルティング事業の主力製品になり、
たった3人で始めたコンサルティング部隊が5年で60億円、140人の部隊にまでなった。

新卒入社の社員には一番人気の部隊になり、
新卒採用の面接には、僕が面談に出されるようになりました。

そしてそれが「インクス流」という本になり、
プロセステクノロジーという手法として、
僕が発明者として特許を取得することができました。

あの手法を思いつくまでは、苦痛でしょうがなく、いつも悩んで、徹夜で体もボロボロになるという生活でした。

でも、あの手法を思いついた瞬間。

今でも忘れないのですが、西新宿の自宅まで徒歩で帰る間、
脳の思考が止まらず、頭の中に浮かぶ全ての疑問に対して、
次々に答えが見つかり始めました。

脳の後ろ側が熱く、寝ようとしても脳が勝手に思考を始め、
いろいろなパターンを、脳が勝手に計算し続けました。

人生で本当に感じたトリップの経験でした。

どうして入社する社員に対してこういう話をするかというと、SHIFTで働くメンバーには、
人生で最も大切なことを持って社会人を過ごして欲しいからです。

人生でもっとも大切なのは、「夢を持つこと」です。
そう、目標でも良いかも知れない。

僕で言うと、自分は頭がそこまで良くない。
だとしたら、人の50倍働いて、時間で稼ぐことが重要だし、
誰もやらないことを追求して、抜きに出るしかない。

基本、時間の99%以上が苦痛以外のなにものでもないと思うんだよね。社会人は。
でもそれに耐えられたのは、
夢があったから。

夢は大切。

だから、SHIFTに入社するみんなには、夢を持って欲しい。
全ての道は、そこから始まるから。

そして、SHIFTのクレドを送ります。

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1. ふてくされない、素直に受け入れる
2. できないとは言わない、できると言った後にどうやるかを考える
3. 我々はビジネスの世界におけるアスリートである、脳で汗をかけ
4. 楽しいと思えることを提案し、自ら仕事を創りだす
5. つらいときこそ、笑顔
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入社、おめでとう!!

2012.04.01 Masaru Tange(丹下 大)

※「大の視点」とは、SHIFTの代表取締役社長である丹下 大が
 当時SHIFTメンバーに向けて送ったメールを一部社外公開向けに再編集したものです

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