丹下さんが、☞西さん・島川さんに聞いてみた。(前編)

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こんにちは、広報の山路です。SHIFTで活躍するヒトを紹介する連載、「シフトビト」。初回は社長の丹下さんとWebサービス業界を担当するコアテクノロジービジネスユニット(以下 BU)の長である西 潤一郎さん、エンターテインメント領域を担当するエンターテインメントBUの長である島川 知さんの鼎談を前編・後編にわけてお届けします。上場前からSHIFTを牽引するこの2名がどうしてSHIFTを選び、今までどのようなことを経験してきたのか? みなさん、ぜひご覧ください!


丹下 大

聞く人/丹下 大(たんげ まさる)
2005年株式会社 SHIFT を設立。2010年からソフトウェアテスト事業に舵を切った後は、今日まで爆走。2014年には東証マザーズへの上場を果たすが、その夢は終わらない。

 西 潤一郎

聞かれる人/西 潤一郎(にし じゅんいちろう)
ビジネストランスフォーメーション事業本部 コアテクノロジーBU長。前職では官公庁系のシステム開発エンジニアを10年ほど経験。面接の際に取締役の小林 元也に「テストを外に出せるって考えたことある?」と言われたことに衝撃を感じ、SHIFTのビジネスモデルに憧れをもった。その会話から2週間後には前職をスピード退職し、2012年11月にSHIFT入社。

島川 知

聞かれる人/島川 知(しまかわ とも)
ビジネストランスフォーメーション事業本部 エンターテインメントBU長。前職では、テスト実行者、テスト設計者、プロジェクトリーダー、プロジェクトマネジャーと幅広い経験を積む。その際、ソフトウェアテストの魅力と成長性を感じ、テスト・品質保証エンジニアとして生きようと決心。より新しいことにチャレンジができると感じたSHIFTへ、2013年10月に入社。

「テストエンジニアとして生きよう」と思いました

丹下 大

簡単に今までの経歴と自己紹介をお願いします!

西 潤一郎

前職では開発エンジニアとして、省庁のシステム開発に10年ほど携わっていました。テストを外に出すという概念がなくて、面接をしてもらったときに(小林)元也さんに「テスト、外に出せるって考えたことある?」と言われて衝撃が走りましたね。あまりにも衝撃すぎて、面接から2週間後には前職を退職し、SHIFTに入社しました。入社後はすぐ客先常駐の案件にアサインされ、しばらく案件を担当していました。今のようにWeb系のチームを見るようになったのは、その後オフサイトに帰ってきたときに、ゲーム業界の案件が盛り上がっていて。当時Web系を担当していた先輩がその案件を担当することになって、誰もWeb系を見る人がいないということがきっかけでしたね。


島川 知

実は僕は、プログラムを書いたり設計書を書いたりという経験が一切ありません。独立系のSIerに2002年に入社してから、ずっとテストエンジニアでした。当時は携帯端末、スマートフォンなどを作っていたメーカーの下でテストを担当しており、そのときに「ソフトウェアテストって面白い。この事業は絶対伸びる。テストエンジニアとして生きよう」と思いました。しばらくその会社で経験を積んだ後、もっといろいろなことに挑戦できるようになるにはさらに10年くらい経過しないと難しい会社だなと感じ、SHIFTに転職しました。でも、いざ入社したらゲームのテストなんて一切担当したことがないのに、ゲーム案件担当になって、しかも入社初日に「明日から札幌行って」って言われて(笑)。2週間札幌に行きました。2週間終わって戻ってきたら、次の日からオンサイト。結構怒涛というか、波乱万丈ですよね(笑)。そんなこんなで、今こういう立場でいるという感じです。


丹下 大

ごめんね。いきなりオンサイトで。お客様とか会社の成長を考えて、いろいろあるんですけどね(笑)。

握るべき人と、握るべきことを握っているのか?

丹下 大

じゃあ次は「BU長になるまでの道のり」について、西さんからよろしく!

西 潤一郎

先程も少し触れたのですが、運よくポストが空いていたんですよ。直属の上長もWeb系が苦手で、俺わかんねーから西さんよろしく、みたいな(笑)。割と自由にやらせていただきました。例えば、「お話をいただいてから2日後に見積もりが綺麗な形で出せたら案件を取れるんじゃないか」という仮説を立て、PDCAを回しながらやっていました。


島川 知

ゲーム業界未経験のまま入社後半年間あるお客様のオンサイト案件に入り、その後オフサイト勤務になったのですが、当時ゲームはそのお客様との取引以外お仕事がなかったんですよね。仕事を見つけないといけないということで、ゲーム雑誌に載っている会社にひたすら電話して、アポイントをとって提案して仕事をとってくるみたいなことをずっと、当時のDiv長(※)と一緒にやって、0から1を生み出すということが今の礎になってきたのかなと思っています。1日3~4件は提案に行っていました。
(※ BU制の以前のディビジョン制での部門長のこと。現在のBU長にあたる。)


丹下 大

地道に頑張ってきた結果が出世に繋がったと。

島川 知

そうですね。あとは、数字に対するコミットメントをいかに果たせるかっていうことは意識していました。そうしないと、自身の成長に繋がらないと思っていましたので。


丹下 大

転職のとき2人とも35歳くらいだよね。当時、自分の成長に繋がった失敗談は何かある?

西 潤一郎

最初のオンサイト案件ですね。当時の上長とお客様の間でプロジェクトの方向性について合意がとれていて、「次のステップとしてこういうことやりたいね」というのを僕が粛々と提案資料として実績などをまとめ、お客様の上長に対して提案する場があったのですが、そこで提案が覆されてしまって、案件自体が終わってしまったんです。本当にお客様が何を求めているのかというのを、握れていなかったということが原因でした。今、アカウントマネージャーと「お客様のビジネス改革」という観点で入り込もうとしているのですが、ちゃんと握るべき人、キーマンと、握るべきことを握っているのかというところを特に気にかけています。キーマンとは、決裁権をもっている人。これは営業フェーズで、ヒヤリングの際に聞いています。


丹下 大

そういうところをきちんとやってきて、売上にコミットしてきたというところが今の自分をつくっているということだね。島川くんは?

島川 知

売上や利益へのコミットメントが強くなりすぎて、お客様を置き去りにしてしまったことですね。メンバーも頑張っていましたし、お客様の立場と、利益へのコミットメント、この3つのバランスがよくわからなくなってしまって、最終的にお客様の要望に応えられずに終わるということがありました。当時、お客様との取引が3社4社と少ない中で、その中の常識で判断してしまっていたんです。その後、他の会社さんとやりとりしていくうちに「あの時のお客様の言っていることって普通だったんだ」と思うようになって。お客様が置かれている状況や文化を考慮した上で、しっかり寄り添っていかなければと痛感しました。


SHIFTのサービスは、IT業界を圧倒的に変える力がある

丹下 大

2人がSHIFTで面白いことをしたいと思える原動力は何?極論、つらいことがあったら辞めるという選択肢もあるじゃない。

西 潤一郎

一言で言うと、世の中の価値を変えたいんです。もともと僕は開発をやっていたのですが、テストを外に出すという概念さえなかったんですよね。IT業界ってそんなに簡単に変わるものではないと思っているんですが、SHIFTのサービスはIT業界を圧倒的に変える力があると思っています。だからこそ、世の中に広げていきたいと思ってやっています。


島川 知

毎年150%、200%成長をしている会社に、自分が所属している確率ってどれくらいだろうなって考えたんです。世の中の大企業と呼ばれる会社、東証一部上場企業でも売上が前年比較でどれくらい伸びましたかって、だいたい110%、120%くらいですよね。もっと小さいスタートアップになると売上成長率は伸びるかもしれませんが、売上として金額が2,000万から5,000万になりましたというレベルです。数十億、数百億の売上を追うという急激な成長曲線の中にある組織に自分が身を置けるというのは、人生の中ですごくいい機会だと思っていますし、その中に所属できるということが僕の原動力です。


丹下 大

いいね。そういうのって大事だし、それを楽しむのが大事だよね。若いころは、どういうことを意識していたの?

西 潤一郎

20代のころは仕事にコミットしておらず、仕事は基本的にはやらされている感じでつまらなかったですね。スイッチが入ったのはSHIFTに入ってからです(笑)。


丹下 大

参考になんないじゃん(笑)! 島川くんは?

島川 知

僕はスケールの大きい仕事をしたいなと思っていて。自分の所属している会社で大きい仕事をするには大きいプロジェクトに行くべきだと思っていたので、そのプロジェクトにいる人とコミュニケーションをとりにいくというのを意識してやっていました。


丹下 大

素晴らしいね。結局自分をどう高めるかということに実直に、前向きに事をなせばそれなりに面白い仕事もできるしね。俺はこれやりたいんだとか、20代は我儘にやったほうがいいですね。

(続きは後編!)
※プロフィールの所属部署名などはインタビュー時点のものです

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